最強でいてよ、僕の特別

松村北斗くんとそのまわり。

君に溺れてキミに燃える

 

「すぐ泣く女は嫌い」
「すぐ会いたがる女も嫌い」
「あと、ヤッてるときに好きって言う女も嫌い」
そう言う君の横顔は、愁いを含んでいるようには見えなくて。何を考えているのか全くわからない。だから私も、何を考えているのかわからない女を演じる。そうしないと、私はきっと君の世界のモブキャラにすらなれない。白いシーツの上で、唇を噛み締めながら、君の熱を感じる。それがなんなのかはわからないけれど、愛情ではないことだけはわかる。君は、自分の気が済んだらすぐに夢に墜ちていく。今夜も同じように、君は自分の欲と私の熱が君と私の間で爆ぜたあと、すぐに目を閉じる。出会った頃と変わらない、とても年相応とは言い難い幼い寝顔に、私は何度も行き場のない感情を抱いてしまう。つくづく、私は馬鹿な女だ。

 彼と出会ったのは友人に誘われた食事会という名の合コン。気合いバッチリの友人に呆れつつ、それなりに可愛いとされるだろう服を着て、それなりにノリがいいと思われるくらいに周りに同調していた。面倒くさいと思っているのがバレないように。場所を移そうか、という話題になったとき、明日の授業が1限からだから、と嘘を吐いて別れを告げた。なんとなく一人になりたくなくて、幼馴染み兼悪友の男に会いたい、とLINEをしようとスマホの画面をタップする。しかしアプリを開いた時に、その計画は打ち砕かれた。
「なあ、」
後ろから肩を掴まれた。振り返るとそこにいたのはさっきの合コンで知り合った男。
「真鳥くん?」
何人も騙してきた笑顔で真鳥くんの顔を見る。
「さっきの、嘘やんな?」
そう言う彼の視線は、私の瞳を突き抜けて心までを捉えて離さない。
「嘘じゃない、よ」
真鳥くんに恐怖を覚えて、言葉が千切れたようにしか出てこない。全てを見透かされてしまうかのような、そんな感覚。そっか、と言葉を続けた真鳥くん。
「なら、付き合ってよ。」
ニヤリと笑うその顔が綺麗すぎて、頷かざるをえなかった。私の言葉なんて聞こえなかったかのように、私が吐いた嘘を見抜いた真鳥くんに誘われるがまま、ホテルにて、私は一夜にして彼と燃え上がった。翌朝、彼と私の格好を見て、私は頭を抱えるしかなかった。そんな私を見てケタケタと笑う真鳥くん。
「相性良かったからさ、また連絡するな、__ちゃん。」
そう言ってLINEのIDを交換した。断ろうと思えば断れただろうし、彼も追いかけてこなかっただろう。それなのに彼に従って大人しく連絡先を交換してしまう私は、この時点で真鳥くんという沼に堕ちていたのだろう。

 彼との出会いを回想していると、いつの間にか夜が明けていた。太陽の光が窓から差し込んで、真鳥くんが無意識に眉を顰める。そのタイミングで私はそっとベッドを抜け出し床に落ちた服を身に纏う。洗面所へ向かおうと立ち上がろうとすると、
「わっ、」
ベッドへ逆戻りしてしまった。
「もう行くん?」
寝起き独特のふわふわとした声で話す真鳥くん。
「うん、じゃあね。」
「そっか。」
再び目を閉じて夢の中に戻ろうとする真鳥くんを横目で見つつ、洗面所で顔を洗い、メイクをして、そっとドアノブを回す。私を引き戻すだけ引き戻して、彼がベッドから出てこないのなんていつものことだ。真鳥くんの家を出るとすぐに、LINEの通知音が鳴る。
「今どこ?」
トーク画面を開くと幼馴染み兼悪友からの連絡。
「○○。今から帰る。」
「了解。お前の家で待ってる。」
家で待ってる、なんて彼氏か、と心の中でツッコミを入れつつ、一人の時間が嫌で、急いで家路につく。途中のコンビニで何本かチューハイを買っておく。きっと向こうも買っているだろうけど。

 自宅に到着して鍵を開け、リビングへ進む。
「おう、おかえり。」
「ただいま。」
ここはお前の家じゃない、なんてツッコミはもうし飽きた。
「また朝帰りか。不良。」
そう意地悪く笑う悪友、もとい藤原丈一郎。
「丈に言われたないわ。」
そう言い返してコンビニの袋を突き出す。
「お、気が利く。俺が買うてきたやつ、冷蔵庫に入っとるから。」
私が買ってきた酒を冷蔵庫にしまいながら、丈が持ってきた酒を二本、冷蔵庫から取り出す。私の好きな酒を買ってくるあたり、ズルいなぁ、と感じる。
「またアイツ?」
プシュ、と気持ちの良い音を立てて缶を開けた丈が、意地悪な顔をして問う。
「真鳥くん、ね。アイツ呼ばわりしてるけど、真鳥くん社会人やから。」
「お前社会人とそんなことしてんねや。」
「別に丈には関係ないやろ。それに私らだって大学生なんやし、悪いことやないやろ。自分だって色々しとるくせに。」
「知ってんねや。」
「知らなんわけないやろ。何年一緒に居ると思ってんねん。」
丈だって女の子を引っ掛けて遊んでるんだ。私たち幼馴染みは二人揃って歪んでいる。歪み始めたのはどちらが先か、なんてわからない。ほぼ同時期だったことは確か。
「ってか丈、その傷どうしたん?」
唇の端にできた、小さな切り傷。そんな重傷じゃないから今まで気付かなかったけれど。
「昨日の女にしばかれた。」
へらりと笑いながら、なかなかエグいことを言う。
「だっさ」
「うるせえ。」
「最低」
「否定はできひんどな、お前もやろ」
恋愛対象外の相手にだからこそ叩ける軽口で、笑い合う。
「私はええやん、真鳥くんとだけやし。」
「俺は?」
「丈は別。悪友やし。」
私たちは友達だ。それなのにこの嫌な気持ちは何だろう。きっと、丈が特定の誰かのものになるのが嫌なだけだ。小さい頃からずっと隣にいる相手だから。関係性が変わることに怯えているだけだ。それに、私は真鳥くんに好意を抱いてしまっている。
「やと思った」
丈といると楽だ。余計なことは考えなくて良いし、なにより、嘘のない私でいられる。いつからか、人前では嘘を吐くようになっていた。特に男の前では。それが私なりの処世術と化していた。

 どれくらいの時間が経ったのかはわからない。ただ、買ってきたお酒がそろそろなくなりそうになっていることから、かなりの時間が経っていることはわかる。その証拠に、日が傾き始めている。この時間に二人でいると、どちらともなくシャワーを浴びる。今日は丈が先だった。私もその後にシャワーと浴び終え、丈の隣に腰を下ろす。
「__、」
私が丈の方を向くよりも先に、丈の唇が私のそれに触れた。
「んっ、」
丈の目は完全にオトコの目をしている。私たちが溶け合う合図だ。丈はいつもそうだ。火遊びをしたあと必ず私で自分の体に残った火を消す。私にとってもそれは同じことで、お互いが誰かと燃え上がった後、火消しをするかのように二人で溶け合う。真鳥くんとは違う、丈から与えられる甘さに溺れる。丈が触れたところから、全身に熱が広がってくような。彼の熱を体内で感じるたびに何も考えられなくなる。お互いの欲が弾ければ、丈は必ず私の頭を撫でる。まるで、私の存在を確認するかのように。結局私たちは二人でひとりぼっちなのだ。

 次の日、朝から私たちは何事もなかったかのように過ごす。普通に大学へ行き、授業に出席して、友達と談笑して、バイトに行き、食事をして、眠る。お互いがそれぞれのペースで、友達として関わる。火消しは、全て夢の中の幻なのだ。そしてまたどちらかが火遊びをすれば、お互いを求め合う。
 
 そんな毎日がこれからも続くと思っていた。私が真鳥くんに飽きられてしまっても、どうせすぐに次が来るのだと。しかしこの日は違った。真鳥くんから連絡があった。指定された場所へ向かうと、すでに到着していた彼。
「珍しいな、外で会おうだなんて。」
素直に疑問をぶつけると、にっこりと笑って
「気分転換。たまにはええやろ?」
恐らく、気分転換ではない。それでも、私はその言葉を鵜呑みしたふりをする。
「うん、」
二人で歩き出すと、さりげなく手を繋いでくる真鳥くん。付き合っても居ない女とこんなことが出来るのは、やはり経験の差か。適当に入ったカフェで、一息吐く。
「やっぱ__ちゃんは他の女と違うから好きやわ」
「どういうこと?」
「他の女と違ってサッパリしとるし、俺に靡かんし。」
それに、と付け加えて
「いつまでも俺に嘘つきやからな」
頭が働かない。ちょうど口に入れたコーヒーの苦みも、何も感じなかった。
「気付かないと思ってた、ってわけじゃないやろ?」
この人は、何でもお見通しだ。確かに、真鳥くんが気付かないふりをしてくれていたのはわかっていた。わかっていたから、私は嘘を着て真鳥くんに会っていた。
「ごめんなさい。」
「謝ってほしいわけやなくて、」
私が頭を下げると困ったように笑う真鳥くん。
「どうしたら__ちゃんは俺にも嘘吐きじゃなくなるんかな、って」
「なにそれ」
「__ちゃん、俺以外にもおるんやろ?」
バレていた。隠していたつもりはないけれど、知られたくないことではあったから、罪悪感に見舞われる。
「俺、本気やから。考えといてな。」
そう言って伝票とともに立ち上がった真鳥くんに、私は魔法をかけられたように動けなかった。
しばらくして、私がテーブルの上に置いていたスマホが震えるまで、私は、生きていなかった。
「もしもし、」
「今お前の家の近くに居るから、寄ってもええか?」
「じょおっ、」
泣きたくなんてないのに、丈の声を聞いて視界が滲む。電話をかけてくるタイミングが、怖い。
「___?今どこや。」
「○○。」
「今から行くから、待ってろ。」
きっと丈に、笑われる。馬鹿な女だって、結局私も丈や真鳥くんが指す他の女と同じなのだ。いくら強がって、嘘で塗り固めていても、根本にあるオンナは私の中から消えてくれなかった。フラフラと立ち上がって、店の外へ出る。丈に会いたくなくて、丈が向かってくるであろう方向とは逆の道を歩く。
「__!」
それでも、丈は私を見つける。昔からそうだ。丈の前では嘘も誤魔化しも、天邪鬼もなにも通用しない。だから私は丈の前では嘘を着ないのだ。着ないのではない。着ることができないのだ。私の顔を見た丈は、
「帰んで」
とだけ言って来た道を戻る。真鳥くんとは違って丈は私と手なんて繋がない。だから逃げようと思えばいつでも逃げることが出来る。それでも逃げないのは、丈が私のもう一つだから。家に入るまで会話はなかった。合い鍵を使って丈がドアを開けて、私は大人しくその後に続く。
「で?なんでそんな顔しとるん?」
「真鳥くんに、本気やって」
「お前はどうなん?」
「わからん。でも、」
「でも?」
「真鳥くん、全部知っとった。丈がいることも知っとる。」
話せば話すほど、涙が私の顔に塗られた嘘を落としていく。黒い筋が、何本も私の頬に出来るのを感じた。
「わたし、」
「もう話さんでええから。」
そう言った丈が、私を抱きしめた。昔から変わらない、香水に混じった丈の匂いに私の涙は止まらない。
「__、」
「じょう、苦しいよ。」
私を痛いくらい、苦しいくらいに抱きしめる丈。
「ごめん。__、普通、真鳥のとこ行けって言うんやろうけど、無理や。」
嫌だ。聞きたくない。その次を言わないで。これ以上私を困らせないで。
「そろそろええんちゃう?ちゃんと付き合っても。」
「丈、」
「いつでもええから。待ってる。」
どうして二人とも最後は私に優しいのだろう。私は、どうしたら良い?
「ごめんな、俺今日は帰るわ。」
ボロボロの私を腕から離して、私の頭をくしゃりと撫でた。

 丈のいなくなった部屋で、二人を天秤にかける。真鳥くんとなら、きっと私はもう嘘を着ることもないし、真鳥くんはオトナだからきっと私を幸せにしてくれる。真鳥くんとなら、きっと普通の女の子になれる気がする。真鳥くんは、私が真鳥くんの嫌いだという女に成り下がっても私を愛してくれるだろう。対して丈は、私の全てを知っている。私と丈はシンメトリーのように生きているから。丈となら、私は変わる必要がない。丈はいつだって汚いくらい真っ直ぐに愛をくれるだろう。大学で丈を見るたびに呼吸の仕方を忘れそうになるくらい苦しくなって、真鳥くんから連絡があるたびに泣きそうになる。どちらかを選べばどちらかが傷つく、なんていうのは、どちらの好意も失いたくないという私のエゴでしかない。それでも答えを出さなければいけないのが、私の置かれた立場なわけで。

 数日後、私は久しぶりに「会いたい」とスマホを開いた。
「久しぶりやな」
最後に見たときと変わらない、優しくて無邪気そうな笑顔の、真鳥くん。
「急にごめんね、」
「ううん、大丈夫やで。」
久しぶりの真鳥くんの部屋は以前と何ら変わりがなくて。チラリと視界に入ったベッドも、綺麗にしてあって、チクリとする。
「__ちゃん、」
名前を呼ばれて真鳥くんの方を向けば、
「最後やから、」
と今までで一番甘い口付け。これが本当の真鳥くんなのか、私の知らない真鳥くんに背筋が凍る。その反面、私の中の女としての本能は着実に真鳥くんによって火を付けられ、燃えた。
「まとり、く、んっ、ごめんね、ごめ、ん」
それと同時にあふれ出す罪悪感。今夜、真鳥くんは、何もかもをわかって私を燃やすのだ。最後まで真鳥くんが好きだと言ってくれた私でいたかったけれど、それすらも私の汚い部分は許してくれない。涙が、溢れる。唇を噛んで涙を堪えようとする私を見て、
「我慢せんでええねんで。」
そう笑う真鳥くんは、泣きそうな顔をしていた。そして二人が燃え尽きるその瞬間、
「好きや」
耳元で囁かれたその言葉を、私は逃さなかった。パラレルワールドがあるのなら、もう一人の私には、真鳥くんと幸せになって欲しい。きっと真鳥くんは、今までよりもずっと私を愛してくれるから、なんて私のエゴを残して。
 朝が来る前に私は真鳥くんの隣をそっと抜け出して、スマホを開く。私の、大切な、大好きなあの人に会うために。私の家に、彼を呼び出す。
「丈っ」
家に着くと丈は部屋の中で待っていた。私の様子からすべてを悟ったように笑って、
「__が好きやで。」
そう言って私を抱きしめた。
「私も、丈のことが好き。大好き。」
それに応じたくて、私も丈の背中に腕を回す。そのままどこまでも深く堕ちてしまっても構わないとでもいうように、強く、強く抱きしめた。二人で、どこまでも深く溺れよう。もう一人の私である君となら、どこまででも。戻れない恋をしよう。
 
 
✄--------------- キ リ ト リ ---------------✄
このお話に登場する人物は、実在の人物とは一切関係がありません。所謂「ドリ小」ですのでご了承下さい。